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読み始めて20ページほどで、この作品が傑作で、桐野夏生の代表作の一つだとわかった。前回彼女の作品(『ナニカアル』)を初めて読んで、まるでノンフィクションのような彼女の作風に驚いたとともに、あまりに林芙美子を軽々しい女性として描いていることに対して反感を持った。そして、読後の感想のまとめとして駄作とまで言い切った。しかし、今回は素晴らしいと何度も唸らされた。彼女の描くQ女子高(慶応女子高)の内部進学者と中等部・女子高から入学してきた外部生たちの間にある序列、虐め等々は、とてもフィクションとは思えないぐらい具体的であった。話中、東電OL事件被害者の役割である佐藤和恵の家庭の様子(特に吝嗇な父親)が描かれていたが、なぜ彼女が拒食症になったり立ちんぼ(道端で声をかける売春婦)になってしまったか、その根本的な原因となる家庭環境を説得力を持って復元していた。

それにしても女の世界は怖い。美人か否か、家柄が良いか、ファッションが洗練されているかどうか、勉強ができるかどうか等の軸で序列が作られ、多くの女性達がこの序列体系に忠実に従って生きている。変人として超越できれば、この小説の主人公である平田姉のように生き残れるが、その序列が読めない佐藤和恵は正論で正面から序列に挑み、見事に打ち負かされ、そして、どんどんと傷ついていった。

私にも似たようなところがあり、組織の序列を見抜けなかったり、たとえ見抜けても従わなかったりして、苦労をした。しかし、男社会ばかりで生きてきたので、虐めとかは女社会のそれに比べれば、全く怖くなかった(例えば、露骨な無視などはない)。更に私は転職を何度もしたし、同じ会社でも自ら志願して別部署に異動をしたので、組織の序列の束縛から比較的うまく逃れていたように思う。ところが、佐藤和恵のように、学力とか父と同じ会社で出世するという絶対的価値観から自己解放できない場合、ああやって壊れていくのかもしれない。

それにしても桐野夏生はユーモアセンスが非常に高い。上記のように怖くて深刻な問題を扱った小説ではあったが、何度も大いに笑わせてもらったことを付記しておきたい。

グロテスク〈上〉 (文春文庫)
桐野 夏生
文藝春秋
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平野啓一郎『決壊』

読売新聞の書評にて平野啓一郎の『決壊』文庫本新刊の紹介があった。彼の作品を一度も読んでなかったので(但し、小説作法に関するものを除く)、早速鎌倉図書館で単行本を借りるという低所得者層らしい方法で読んでみた。読み終わり驚いたことは、私はこの小説で出てきた女性が全て大嫌いだったことだ。夫(バラバラ殺人事件の被害者沢野良介)の気持ちを深く理解できず、義兄(主人公沢野崇)に夫婦関係に関する悩み秘密裏に相談をして夫にあらぬ疑いを抱かせた沢野佳枝、お嬢様育ちで中高年になっても自立できず、鬱病に苦しむ夫を支えきれない沢野兄弟の母和子、中学生の息子(バラバラ事件の共犯者北崎友哉)を溺愛するあまり傍から見ても友哉に対し異常な愛情表現をする北崎志保子、人妻でありながら沢野崇との不倫に走る千津(崇は独身)。どの女性も人格の欠陥が大きすぎて、さすがの私でもひかざるえなかった。私はこれまでフィクションを読むと最低でも一人は「いい女だな」と思う登場人物に出会ってきた。外見がとても魅力的だったり、性的魅力が満ち溢れていたり、人間性が素晴らしかったり、時にはその全てを満たしていたり、そう、フィクションにはそのような女性は定番である。恥ずかしい話を打ち明けると、読後の度、それらの「いい女」達と恋人同士になった想定で空想したりするほどだ。しかし、『決壊』では、そのような女性は一人も登場しなかった。おそらく、登場人物の女性達の容姿・仕草が詳細に描かれていないせいだろうか(佳枝がアトピーに悩まされている記述はあった)、外見的魅力度などで人格的問題を補われていなかった。これは作者平野啓一郎による通常のスタイルなのか、それとも本作品では意図的に魅力が乏しい女性ばかりを登場させたのか? もし後者だったら凄い筆力だと思う。
さてこの小説をミステリーとして見た場合、プロットには相当に無理があったと思う。主人公の沢野崇が弟良介の殺人犯と疑われ、連日厳しい警察の尋問を受けるのであるが、いくら警察の初動捜査のミスとはいえ、崇を殺人犯とする根拠が薄すぎた。また、ネットで知り合った悪魔に呼び出された鳥取在住の中学生北崎友哉が、初対面の悪魔に賛同し、すぐにバラバラ殺人を行うのも飛躍し過ぎだったと思う。たしかに、小説はフィクションなので、どういうプロットでも構わないのだが、読者としてはもう少し現実的な設定、または順序を踏んでくれないと、物語への没入が困難になる。
平野啓一郎は語学力に優れ、美学への造詣も深いと聞く。東大卒で外務省出向でフランスのストラスブールに数年赴任した主人公の沢野崇は、友人との会話で、信仰や哲学に関して、いろいろとインテリ的議論をするのであるが、これらは私には中身の薄い言葉遊びにしか感じられなかった。どうせならば、沢野崇に欧州の美術についてもっと語らせたほうが、平野啓一郎の筆はもっと冴えたのではないかと勝手に思い込んでいる。

ケインとアベル

大好きな作家の一人である奥田英朗氏が朝日新聞に「沈黙の町で」を連載を始めるにあたって掲載されたインタビューで、「若いころに読んだジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』を再読」という箇所があり、彼に影響を与えた作品を是非読みたいと思い、早速図書館で翻訳版を借りて読んでみた。
ケインとアベル 上 新潮文庫 ア 5-3

上下巻の長編にも拘らず、あっという間に読了した。実に久しぶりにはらはらわくわくさせられる立身出世物語だった。故黒岩重吾氏のさらば星座 を読んで以来かな、男の人生はこうじゃなくっちゃと何度もうならされたのは。加えて、禁酒法、新移民時代(スラブ系の大量移民)、大恐慌、第二次世界大戦、JFKまでの歴代大統領の為政という時代背景に沿って物語が進行していくのでアメリカ現代史の良い勉強にもなった。

この物語はウィリアム・ケインとアベル・ロスノフスキ(もともとの名前はウワデク)という1906年4月16日の同日に対象的な家庭に生まれた二人の男 - 前者はボストンの名門銀行家の御曹司に生まれ、長身・頭脳明晰のサラブレッド、後者はポーランドの農村で貧しい猟師一家に拾われた捨子で小柄で障害がある。しかし頭脳は前者と同等かそれ以上に明晰-  の生涯を描いたものので、ソ連シベリアの収容所を脱出し裸一貫でアメリカに移民したアベルがやがて全米屈指のホテルチェーンを構築し、個人的怨讐(誤解)から大銀行の頭取となったケインと全面対決をする。アベルの話は典型的なアメリカンドリームであるが、ケイン自身、けっして人生は順調だったわけではない。幼くして父がタイタニック号沈没で亡くなり、前科持ちの継父に信託遺産の一部を掠め取られたり、祖父と父が築いた銀行の頭取選挙で敗れたりと、アベルとは別のレベルで綱渡りの人生でもあった。書中ではしばしばボストンの通りやハーバード大学の行事が出てくるが、私自身がボストンに二年住み、職場にハーバード出身者が結構いたので、それらを非常に懐しく感じた。

ビジネスだけでなく、恋愛における交渉のテクニックがふんだんに散りばめられているので、中学生から高校生ぐらいの男に非常に適しているのではないだろうか。また、息子を野心的な人間に育てたい方は、小学生の時に、Paulo Coelhoの「アルケミスト」を読ませて、その後、この本を読ませれば、素晴らしい情操教育になるかもしれない。

二年前のメモリアルデー・ウィークエンドの旅の記録より

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世界で一番好きな美術館はニューヨークのメトロポリタン美術館だ。所蔵品や中も素晴らしいけど、セントラルパークをバックグランドにした立地が好きだ。特に大好きなのが、正面入口の階段に観光客がたむろしている光景。全ての観光客が素晴らしい美術品に触れたいという純粋な気持ちが集約している。そのため、もの凄く美しい空気が流れえいる。大好きだ。過去5回は訪問しているな。NYC滞在三日目、買物とヨガスタジオ再訪があるために、美術館訪問の時間は三時間しかない。そこで、今回は過去に一度しか訪問しておらず、地下鉄の駅からすぐ近くのMOMAだけを訪問することにした。現代美術の鑑賞は難しい。かつ、映像とか襤褸切れだけのアートとか理解不能である。従って、ピカソやゴーギャンなどの巨匠の絵画を中心に鑑賞し、写真を撮りまくってきた。携帯電話のカメラの性能の限界にがっくり。別途しっかりとしたデジカメが必要だな。

これも二年前のメモリアルデー・ウィークエンドの米国旅行中(出張帰りにNYCに立ち寄り)の感想です。

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価格訴求とJFK空港への利便性だけで決めた今回の宿無事に三泊を無事に終えた。

滞在中、宿泊者以外で白人と一人も出会わなかった。

アジア系に関しても、持ち帰り専門の中華料理店の店員ぐらいか。

インド人に関しては、宿泊したモーテルの経営者と近くのダンキンの経営者が、

そうだった模様だ。いわゆるヒスパニック中心の超マイノリティ地域だったけど、

全く問題なく過ごせた。

特筆すべきは、
ニューヨーク市営地下鉄(MTA)の

Eラインの駅に徒歩5分だったこと。Jamaica-Van Wyck駅はJFK駅の隣、

都心に関しては終点がWorld Trade Center駅であり、

高速で駅を飛ばして、地下鉄の要衝である

Lexington Avenue/ 53 Street駅や

42Street- Port Authority Bus Terminal駅、

そしてAmtrakへの乗換えが出来る34 Street-Penn Station駅にも停車する。

Jamaica-Van Wyck駅自体は古く、駅周辺の環境も一見非常に悪い。

しかし、車の交通量が多いので、道は明るい。午後9時近くでも、

例えば、モスリム系の女性が一人で駅から歩いていた。

一人旅をする限りは、ここは常宿となりそうだ。ただし、東海岸は15時間ぐらいの

飛行時間が必要なので、今後は、せいぜい2,3年に一度の訪問になりそうだ。

これも二年前のメモリアルデー・ウィークエンドの思い出。フィラデルフィアのバーンズコレクション訪問記録。

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朝ボストンで飛行機に乗りNYCのJFK空港に移動し、いったんジャマイカにあるモーテルにチェックイン。それからモーテル近くの地下鉄の駅からEラインに乗車。PENNでワシントンDC行きのAmtrakに乗り1時間30分。フィラデルフィアに到着した。目的は一つ、金、土、日の週三回だけ、しかも事前予約客した受け入れないバーンズコレクションを見るためだ。思い起こせば、1994年頃だったろうか、当時大阪で住んでいた私は、東京出張のついでに上野まで行き、当時、日本での展示は最初で最後と言われたバーンズ展を見て、その名作の目白押しに圧倒された思い出がある。そのころからアメリカのバーンズ家の旧邸を訪ねて再度鑑賞をしたいという強い思いがあった。1時間30分の列車旅でフィラデルフィアに到着したのが午後1時(隣の座席のバージニア州アレキサンドリア在住の民主党員のおじさん、話かけてくれて有難う。おかげで時間が経過するのが速く感じた)、バーンズでの私の許可された見学開始時間は午後2時。そこでAmtrakの駅構内にあるフードコートで、Hoagieと呼ばれるサブマリーンサンドイッチを注文して頼んだ。スモールサイズでも横長で大きくビックリした。選択はイタリアンであったが、とてもおいしかった。アメリカの新鮮なサンドイッチのおいしさが分かると、日本のパン屋の添加物だらけの三角形のサンドイッチはもう食べれなくなるのだ。

それからタクシーを駆って、おそらく富裕層が住むと思われるメリオン地区にあるバーンズ財団についた。周囲は映画『風と共に去りぬ』を彷彿させるような大規模邸宅が広々とした敷地に、ぽつりぽつりとある。その中でもバーンズ財団は道路の片側の全て占有しているかのように広々とした敷地内にあった。しかし、建物自体は老朽化が進んでいるし、あまり高級感がしない外観であった。

肝心の展示は、本館の1Fと2Fだけだった。上野で見たときに、ものすごい数の絵画だと思っていただけに少し拍子抜けをした。展示は、各部屋に絵画がまさに敷き詰められるようにされていた。創設者のバーンズ博士が絵画教育用に配列の仕方をすべて決めたとのこと。従って、必ずしも特定の作家がずっと続いているわけではない。それでも、セザンヌとルノワールの作品は数が圧倒的に多く、最初に巡回した時は、ルノワールの絵画群の中に展示されていたモネのHouse Boatを見逃したほどだ(前回の上野の展示でもっとも印象に残った作品)。その他に印象に残った絵画は、バン・ゴッホの裸婦像、Postman、ルノアールのMussel Fishers at Berneval、エル・グレコの作品名失念かな。オーディオガイドのお陰で、モデリアニの女性の顔の描き方が何故瓜実で目が細いのかわかりました。アフリカ民芸の影響だったんですね。同じ部屋に展示されていたので、良く理解できました。事前予約制のお陰で見学者が少なかったので、ゆとりを持ってみることができます(ただし、私は作品数に圧倒され食傷気味になり、途中から集中できなくなった)。地下一階にショップがあるのですが、商品数が限定されているので、気持ちを惹かれるものが何もなかった。日本へのお土産をここで済ませたかっただけに残念。

最近全くブログを更新してなかった。先週末の米国はメモリアルデーウィークエンド。日本と異なり年間祝祭日が10日強しかない米国では、日本のゴールデンウィーク並みのレジャー期間だ。土日月のわずか三日間というのに。そういえば、一昨年のその頃、会社を退職する一ヶ月前で最後の米国出張をし、その帰途、ニューヨークで数日過ごした。その時の記録を再掲。

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日本で良く習っているヨガの先生から教えてもらったヨガスタジオを訪問してきた。地下鉄のユニオンスクエア駅から徒歩すぐ。ブロードウェイとEast 12 Streetの交差点にある大規模な古本屋さんが入居しているビルの6Fにあった。システムは簡単で、単純に1レッスンだったら、18ドル。もし2レッスン受けるのであったら、28ドル払う(30日間有効)。会員証はなく、コンピュータに登録された苗字を述べれば次回から利用できる。ヨガマットは1ドルで借りられる。ロッカーは施錠なし。したがって、貴重品はスタジオに持ち込めと言われた。初回の今日は1時間45分のIntermediateを受講した。教室に入ると日本人らしき女性が二名。最初は他の生徒をペラペラ英語で話していたが、すぐに日本語で二人が会話を始めたので、「日本から来ました」と声をかけるとすごく冷たい反応が。でも挫けずにクラスのことなどを少し質問した。そのうち、黒人女性がたどたどしい日本語で会話に入ってきた。お母さんが日本人とのこと。なんと、全部で20人程度しかいないクラスの中で日本語の話す人間が4人もいた。参加者の構成であるが、4人が男、あとは全部女性。日本と同じ比率か。人種だが、白人が中心だけど(NYCなので、白人といっても、いろいろな種類だけど)、東洋系が他に一人。そして黒人の女性が3名もいた。これもすごいぞ。先生は白人男性。私自身、男性の先生からヨガの指導を受けるのは初めてだった。”close your eyes”. “inhale”, “exhale”,”downward facing dog”,”raise your right hand”ぐらいは聞き取れたけど、あとは良くわからなかったな。冗談では全く反応はできなかった。intermediateという割にはスピードが凄く遅かったので、着いていくだけだったら問題なかった。それに、参加者達は、日本人に比べて、体が固く、動きも緩慢に見えた。ただし、Inversionという逆立ちだけは皆さん出来ていた。これは日本の私の通っているクラスでは全然教えていない。先刻の日本人女性のうち、年上の女性の方が私の隣だった。彼女は日本人女性の典型で、柔軟性が高く、上手にポーズをこなしていたが、ハーフパンツから白いものが見える。下着かなと思ったら、なんと大きなサロンパス。英語ペラペラで完全にアメリカナイズしているように見える彼女でも、大きなサロンパスを腰に張り付けているのを見ると、日本人なんだなと思った。クラス後、少し話したが、ちょっと変わっていた。日本社会でうまく順応できなく米国に渡ってきたとみた。

自分への備忘録

【日本人が間違えている6つの発音】
【1】「語頭や語中のR」
【2】「語尾のL」

【3】「語頭や語中のV」
【4】「語頭のTh」
【5】「語頭のWh」
【6】「語頭や語中のF」

ネタ元は二箇所

http://diamond.jp/articles/-/12268

http://chrisokazaki.com/english

週末版の米経済紙Wall Street Journal (WSJ)に、”Dow’s Big Rebound Can’t Erase Doubts” (ダウ平均は大きく回復したが、投資への不安は消えない)という興味深い記事を見つけたので読んでみた。記事の冒頭で3月4日(金)にアメリカの日経平均に相当するS&P 500株式指数が1,321.15の高値をつけ、リーマンショック後最安値を記録した2009年3月9日の676.53のほぼ倍になり、もう一つの重要な株式指数ダウ平均の方も、同じ期間6547.05から約86%上昇し、12169.88になったとの紹介があった。この意味合いを具体的投資商品で説明をすると、もし2009年の3月9日にS&P 500に連動するETFを100万円買っておけば(現在、東証にも上場している)、二年で倍の200万円に資産が膨らんでいたことになる。年平均に複利換算すれば、約41%のリターンであった。現在、定期預金しても年率0.08%とか、そんな時代に、米国を代表する企業500社の時価総額の重みつき平均に連動するETFを買って保持しているだけで(はい、あの澤上篤人氏の大好きなbuy and holdです)、年率41%の上昇。まぁ、なんとおいしい投資機会だったことか。しかし、おそらく私だけでなく、殆どの人がこれを逃した筈だ。

じゃ、2009年3月9日の金融市場の群集心理はどんなだったのだろうか? 月に一回第一金曜日米国東海岸時間午前8時30分に世界中の投資家が注目する米国経済指標の発表がある。英語でNon Farm Payroll (NFP)、米非農業部門雇用統計である。これはFX投資を少しでも体験された人はご存知だと思うが、この発表の直後に、為替、株価、債券など様々な金融商品の価格が激しく変動する。月に一度、この時だけ投資して食べているプロの投資家がいるぐらいのボラタリティを市場に持ち込むインパクトがある最重要経済指標である(ブログ主の理解は次のとおり。米連銀FEDの二つのミッションが物価と雇用の安定。この指標は後者の状況をもろに表す数字であり、この結果がFEDの米国金融政策に大きな影響を与えるため、全世界の市場が注目している)。

2009年3月の発表では(上図の赤)、その年の2月米国では単月でなんと726,000人もの労働者が失職したのである。この数字は、景気の二番底リスクを払拭する反転が起こった昨年10月から今年2月にかけての5ヶ月間で増加した労働者総数710,000人よりも多い労働者を一ヶ月で失ったに等しい。数字が公表されたのが2009円3月6日(金)、この悲惨な数字を週末に市場が十分に消化・理解して望んだ週明け月曜日が3月9日だった。この日の株式市場の様子を要約した記事を見ると、製薬メーカーMerckによる大型買収のニュースがあったにも拘らず、ダウは80ポイント(1.2%)の下落、S&P 500は7ポイント(1%)下落し、双方とも約12年ぶりの安値を記録したとある。記事の中から発言を引用すると、

“To the extent that you get some piece of good news, you could see a big rally. But right now every rally attempt is being met with selling.” 「普通なら株価上昇を呼ぶ良いニュースがあっても、今は結局売られる」

“Valuations are reasonably attractive outside of financials, but most investors are in defensive mode. They’ve seen too many losses and are sitting on the sidelines.” 「金融株以外は魅力的な株価になっているが、投資家達は防衛モードだ。彼らはあまりに多くの損失を経験したので、呆然と佇んでいるだけだ」

と、こんな感じである。投資の神様ウォーレン・バフェット氏の金言に、”We simply attempt to be fearful when others are greedy and to be greedy only when others are fearful.” があるが、この日は後者の典型的なケースだった。そう、全ての投資家が怖がって手が出せなかった。そして、まさにバフェット氏が言うように、この日greedyに株を買っておけば、二年後に価値が倍になっていたのだ。もったいない。

株式投資での必勝法は、この例で分かるように、投げ売りの時に買い、連日最高値更新というイケイケの時に売る、それだけである。それを実行できれば間違いなく勝てる。多くの人は、株が上がり続けている時に強気になって高値で株価を買い、周囲がパニックしている時に持株を投げ出し安値で売る。ゆえに必ず負ける。そう、とっても単純な話である。しかし、じゃ、いつが底でいつが天井なの? 投資英語に、”You can’t time the market”という言葉がある。誰もタイミングを予測できないというのである。たとえ、あのバフェット氏であっても。もともとは米国から来たのかもしれないが、日本語の投資格言に、「頭と尾っぽはくれてやれ」というのがある。これは前述の”You can’t time the market”の現実的対処法で、そもそも天井と底は分からないのであれば、その分は諦めても、確実に低値で買いを入れて、高値で売っておこうということである。

上図はダウ平均の過去5年の値動きである。底は2009年3月9日で。非常に急峻な底なので、やはり、誰もそこを予測出来ないことは明確である。しかし、目標を下げて尾っぽを捨てて9,000で買うとすれば(それでも35%の資産価値向上である)、赤線でつないだ期間ダウ平均は9,000以下であり、なんと約8ヶ月もあった。この8ヶ月の間であったら、買いは入れられた筈であっる。なんだか簡単に出来そうだぞ。

それでも出来なかった個人投資家が多くいたのは、個人的経験から述べると、その時、投資できるだけの手元現金が無かったからだと思う。要は、高値で掴んだ株を損切り出来ず、株の暴落が続き、売るに売れない状態にあったのではないかと思う。となると、パニック底で投資できるように、それなりの投資資金を手元に置いておく必要があるということになる。このことに関し一点注意すべきことがある。昔、邱 永漢という投資指南本をたくさん出版していた投資評論家が、「お金は眠らせていてはいけません。皆さんが寝ている間にお金に働いてもらいましょう」と貯蓄から投資への啓蒙をさかんに行っていたが、オポチュニティ・コストという問題がある。手元に現金を置いておくと、他の金融商品に投資して得られたはずの利益を獲得する機会を失ったという話である。確かに一理はあるが、今回のリーマンショックで、逆に投資をすると、価値が20%どころか簡単に半減する恐ろしさを知ったからには、やはり勝てる時に確実に投資できるように、手元に現金を置いておくのが正解だと思う。だから、上昇したら、頭(天井)は捨てて利確をし、手元資金にするのが勝てる投資手法なのだと、つくづく思う。あー、理屈は分かったな。後は、強い意志と大胆さを持って実行できるか否かだ。

参考)新生銀行が最近二週間定期という円預金を商品化した。二週間単位の自動継続で、途中で設定を変えれば、二週間後に解約できる。預金保険対象であり、元本は保証される。現在の利息も悪くない。絶好の買い場に備えて、手元資金を置いておく場所として好都合かもしれない。保証対象は最大1,000万円+利息で、新生銀行というリスクはあるが、二週間で抜けるので問題ないと思う。下記が商品紹介ページ。

http://www.shinseibank.com/powerflex/yen_2weeks.html

日経朝刊で紹介されていた株式投資のアノマリーの例

“米国に「ダウの犬(Dogs of the Dow)」という有名な投資手法がある。世界的企業が多く倒産などのリスクが少ないダウ工業株30種平均採用銘柄を対象に、売られ過ぎて配当利回り(配当÷株価)が高くなった10銘柄を同金額ずつ買い、1年後に売るのを繰り返すと高収益を期待できるというもの。「Dogs」には俗語で「さえない」という意味がある。”

*ちなみにブログ主が米国の経済誌で得た情報によると、米国ではS&P 500投資に比べて、配当を考慮しても、長期的リターンは劣るとの検証結果である。

“日本でもうまくいくのか。割安株効果の検証材料の一つに、大和証券キャピタル・マーケッツの吉野貴晶チーフ・クオンツ・アナリストに時価総額の大きな「TOPIXコア30」を対象に試算してもらった

昨年までの10年間では日経平均採用銘柄に投資するのに比べ8勝2敗。累積では日経平均銘柄への投資はこの間25%下がったが「日本版ダウの犬戦略」は約8割の上昇だ。「下落して配当利回りが上昇した銘柄を買うと報われることが多かった」(吉野さん)

「長期でも割安株投資は有利だった」と話すのは、大和住銀投信投資顧問の窪田真之シニア・ファンドマネジャー。グラフEは運用スタイル別指数「ラッセル野村日本株スタイルインデックス」だ。毎年1回、全銘柄をPBR(株価純資産倍率)で2つに分類し低い方を買い続けた結果である「総合バリュー(割安)指数」は過去30年、市場平均をほぼ上回り続けてきた。

現在の株価は一時に比べ回復した水準にあるが、窪田さんは「PBR1倍を下回る銘柄が数多く残っており、まだ割安株投資は有効」とみる。”

*なお、

2010年10月29日現在 TOPIXコア30の構成銘柄は下記のとおり

(銘柄コード順)

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