読売新聞の書評にて平野啓一郎の『決壊』文庫本新刊の紹介があった。彼の作品を一度も読んでなかったので(但し、小説作法に関するものを除く)、早速鎌倉図書館で単行本を借りるという低所得者層らしい方法で読んでみた。読み終わり驚いたことは、私はこの小説で出てきた女性が全て大嫌いだったことだ。夫(バラバラ殺人事件の被害者沢野良介)の気持ちを深く理解できず、義兄(主人公沢野崇)に夫婦関係に関する悩み秘密裏に相談をして夫にあらぬ疑いを抱かせた沢野佳枝、お嬢様育ちで中高年になっても自立できず、鬱病に苦しむ夫を支えきれない沢野兄弟の母和子、中学生の息子(バラバラ事件の共犯者北崎友哉)を溺愛するあまり傍から見ても友哉に対し異常な愛情表現をする北崎志保子、人妻でありながら沢野崇との不倫に走る千津(崇は独身)。どの女性も人格の欠陥が大きすぎて、さすがの私でもひかざるえなかった。私はこれまでフィクションを読むと最低でも一人は「いい女だな」と思う登場人物に出会ってきた。外見がとても魅力的だったり、性的魅力が満ち溢れていたり、人間性が素晴らしかったり、時にはその全てを満たしていたり、そう、フィクションにはそのような女性は定番である。恥ずかしい話を打ち明けると、読後の度、それらの「いい女」達と恋人同士になった想定で空想したりするほどだ。しかし、『決壊』では、そのような女性は一人も登場しなかった。おそらく、登場人物の女性達の容姿・仕草が詳細に描かれていないせいだろうか(佳枝がアトピーに悩まされている記述はあった)、外見的魅力度などで人格的問題を補われていなかった。これは作者平野啓一郎による通常のスタイルなのか、それとも本作品では意図的に魅力が乏しい女性ばかりを登場させたのか? もし後者だったら凄い筆力だと思う。
さてこの小説をミステリーとして見た場合、プロットには相当に無理があったと思う。主人公の沢野崇が弟良介の殺人犯と疑われ、連日厳しい警察の尋問を受けるのであるが、いくら警察の初動捜査のミスとはいえ、崇を殺人犯とする根拠が薄すぎた。また、ネットで知り合った悪魔に呼び出された鳥取在住の中学生北崎友哉が、初対面の悪魔に賛同し、すぐにバラバラ殺人を行うのも飛躍し過ぎだったと思う。たしかに、小説はフィクションなので、どういうプロットでも構わないのだが、読者としてはもう少し現実的な設定、または順序を踏んでくれないと、物語への没入が困難になる。
平野啓一郎は語学力に優れ、美学への造詣も深いと聞く。東大卒で外務省出向でフランスのストラスブールに数年赴任した主人公の沢野崇は、友人との会話で、信仰や哲学に関して、いろいろとインテリ的議論をするのであるが、これらは私には中身の薄い言葉遊びにしか感じられなかった。どうせならば、沢野崇に欧州の美術についてもっと語らせたほうが、平野啓一郎の筆はもっと冴えたのではないかと勝手に思い込んでいる。
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平野啓一郎『決壊』
7月 12, 2011 投稿者 engtoyoji
