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Archive for 2011年2月

日経朝刊で紹介されていた株式投資のアノマリーの例

“米国に「ダウの犬(Dogs of the Dow)」という有名な投資手法がある。世界的企業が多く倒産などのリスクが少ないダウ工業株30種平均採用銘柄を対象に、売られ過ぎて配当利回り(配当÷株価)が高くなった10銘柄を同金額ずつ買い、1年後に売るのを繰り返すと高収益を期待できるというもの。「Dogs」には俗語で「さえない」という意味がある。”

*ちなみにブログ主が米国の経済誌で得た情報によると、米国ではS&P 500投資に比べて、配当を考慮しても、長期的リターンは劣るとの検証結果である。

“日本でもうまくいくのか。割安株効果の検証材料の一つに、大和証券キャピタル・マーケッツの吉野貴晶チーフ・クオンツ・アナリストに時価総額の大きな「TOPIXコア30」を対象に試算してもらった

昨年までの10年間では日経平均採用銘柄に投資するのに比べ8勝2敗。累積では日経平均銘柄への投資はこの間25%下がったが「日本版ダウの犬戦略」は約8割の上昇だ。「下落して配当利回りが上昇した銘柄を買うと報われることが多かった」(吉野さん)

「長期でも割安株投資は有利だった」と話すのは、大和住銀投信投資顧問の窪田真之シニア・ファンドマネジャー。グラフEは運用スタイル別指数「ラッセル野村日本株スタイルインデックス」だ。毎年1回、全銘柄をPBR(株価純資産倍率)で2つに分類し低い方を買い続けた結果である「総合バリュー(割安)指数」は過去30年、市場平均をほぼ上回り続けてきた。

現在の株価は一時に比べ回復した水準にあるが、窪田さんは「PBR1倍を下回る銘柄が数多く残っており、まだ割安株投資は有効」とみる。”

*なお、

2010年10月29日現在 TOPIXコア30の構成銘柄は下記のとおり

(銘柄コード順)

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日本時間の2月25日、Googleが検索エンジンのアルゴリズムを大きく変更したと発表した。Googleは頻繁に検索アルゴリズムのチューニングを行っているようだが、今回のように、わざわざPrincipal EngineerのMatt CuttsがGoogleのオフィシャルブログで、「検索のアルゴリズムを変えました」、と発表したのは私の記憶している限り初めてのことだ。この発表によると、内容的に役に立たない低品質なサイトを検索結果から排除することを目的にしたアルゴリズムの改変であり、Googleは同時に検索結果の順位が従来と比較して11.8%程度変わると警告を発した。この変更はサイトへの商用トラフィックをGoogleの検索エンジンに大きく依存しているサイトにとっては死活問題になるかもしれない。アドネットChitakaの調査によると、Googleの検索結果の先頭になると34%、二番目だと17%の割合でユーザーがリンクをクリックするという。このため、各社は自社でまたはコンサルタントを雇ってSEO(Search Engine Optimization)に必死で取り組んでいるのだ。従って、サイトオーナー達が、今回のGoogleのアルゴリズムの改変に合わせて、SEOのやり直しを迫られる可能性は大だ。

そもそも何故Googleが突然このような大改変を行うに至ったのか? 本日のブログ記事に翻訳を掲載したが、シリコンバレーを代表する新聞The San Jose Mercury Newsによると、最近Googleの検索結果のクオリティが落ちているとの非難の声が非常に大きくなっており、少なからずの批評家が、その主因としてGoogleがスパムやコンテンツ・ファーム(特定のキーワードに関連したコンテンツを大量に用意したサイト)を検索結果の上位に持ってくるためだと指摘しているという。そして、ここからがGoogleにとって突かれると非常に痛いところなのだが、これらのサイトには通常Googleのコマーシャルリンクが張られているために、ユーザーがクリックをすると、Google自身広告収入をシェアできる。換言すると、Googleは広告収入を得るために、検索結果のクオリティを妥協しているというのが、非難が大きい本質的な理由である。

これを裏付けるような事件をニューヨークタイムズが先日暴いた。昨年後半から年末までの数カ月間(アメリカの小売業は年間売上の40%程度を年末のホリデーシーズンに稼ぐという、もっとも重要な時期)、アメリカの中級デパート・チェーンのJ. C. Penney (全米に1,100店舗、売上約1兆3千億円)のサイトが様々な商品のGoogle検索で常時検索結果の一番に現れたという。検索語が”J.C.Penny”とかJ.C. Pennyでしか取り扱っていない商品であれば理解出来るのであるが、”dresses”(ドレスの複数形),”bedding”(寝具),”area rug”(絨毯みたいな敷物)で検索結果のトップであった。更に、より一般的な”skinney jeans”(細身のジーンズ),”home decor”(インテリア家具),”comforter sets”(掛敷寝具セット),”tablecloths”(テーブルクロス)であっても、検索結果の一二番だったという。もっとも笑えるのが、“Samsonite carry on luggage”である。本家のSamsoniteのサイトを抑えてJ.C. Pennyがずっと一番だったという。ニューヨークタイムズがWebトラフィックの専門家を雇ってこの原因を分析したところによると、何百を超えるサイトがJ.C. Pennyのサイトへリンクを張っていたことを発見した。例えば、これらのサイトの中の2,015ページが”black dress”,evening dress”,”cocktail dress”等の”dress”に関連する言葉を含んており、ここからJ.C. Pennyのサイトに直接リンクが貼られていた。じゃ、ドメイン名はどうかというと、”black dress”はnuclear.engineeringaddict.com、”evening dress”はcasino-focus.com、”cocktail dress”はbulgariapropertyportal.comにあったという。SEOには、コンサルタント達がアルゴリズムを研究して行うGoogle推奨のwhite hat と、トリックを使って検索エンジンを引っ掛けるblack hatのニ通りがあり、このやり方は明らかに後者である。誰もこんな手間のかかることを無料ではしない。誰かが金を払ってやらせた筈である。ニューヨークタイムズがJ.C. Pennyに取材したところ、彼らは直接指示したことを否定し、それまで雇っていたSEOのコンサル会社との契約を打ち切ったという。それでは、数カ月間も多くの商品に関する言葉でGoogle検索結果のトップであり続けた成果については、ニューヨークタイムズの取材に対し、J.C. PennyはGoogleの検索結果からのトラフィックは全体のわずか7%に過ぎないと答えた。しかし、業績に関するプレスリリースでは、J.C. Pennyは12月にトラフィックが増えたおかげで jcpenny.comのオンライン売上が著しく成長したと発表しており、ニューヨークタイムズはJ.C. Pennyはこの検索結果の著しい偏りにより多くのメリットを得たと見ている。

通常、このような行為をすると、Googleは即時に罰する。例えば、数年前ドイツのBMWが似た手口で検索結果の上位に来るように操作した時、Googleは暫くの間BMW.deを検索結果から外した。ところが今回のJ.C. Pennyのケースについては、ニューヨークタイムズがGoogleに取材したことろ、Googleは過去三回J.C.PennyがGoogleのガイドラインを破ったことを認識しており、最も直近は11月で、その際に違反は修正されていると答えた。しかし、前述の偏った検索結果はホリデーシーズンのまっ最中の12月中続いており、ニューヨークタイムズはBMWとのケースと比較してGoogleの対応が手ぬるいことに違和感を持っていた。そこで新たな事実が明らかになった。J.C. Pennyは月平均約2億円Googleに広告費を支払う最大手顧客の一社だったのだ(他の最大規模顧客にはAT&TやeBayがいる)。そこで当然のことながら、Googleはお得意様のJ.C. Pennyに配慮して、このblack hatによる検索結果の誘導を看過したのではないかと?

Googleは、「検索と広告の壁」という表現を使って、創業以来、広告営業のために検索結果が妥協されたことは一度も無いし、二つのビジネスの間の壁は強固であると、ところどころで批判に対してそう反論している。Googleを批判するのは結構だが、彼らの社会貢献にも目を向けないと片手落ちになる。検索エンジンや、その他の我々一般ユーザーにとって有用なWebツール(gmail,youtube,chrome等々)は基本的に全て無料で提供されている。ほんとうに有り難い話である。もちろん、我々のオンライン挙動というプライバシーを人質にしてのことではあるが。Googleは優秀な技術者を世界中で2万人以上、高給を払って雇用している。従って、どこかでボロ儲けをしないと、こんなビジネスモデルが成り立つ筈がない。素晴らしいことにGoogleは依然毎年二桁成長し、直近年では約8,000億円も利益を上げている。反面、利益の約90%を検索関連広告に依存しており、他のビジネスが成長してくるまでは、この本丸で出来る限り果実を吸い取る必要がある。従って、我々がGoogleの検索結果の批判ばかりをして、Googleから収益機会を奪ってしまうと、彼らの利益が頭打ちするリスクがある。上場会社であり、社員の多くが自社株を保有している実情から、成長の停滞はGoogleとしては絶対に阻止しなければならないことだ。我々一般ユーザーにとっての最悪のシナリオは、検索連動広告が頭打ちになった途端に、Googleが一般ユーザーに課金を始めることだ。そんな世の中になったら、私のような貧者には、ほんとうにつらい現実が待っている。

それでは我々一般ユーザーが貢献できることは何だろう。それはスパムやコンテンツ・ファームという検索結果を偏らせる意図を持ったサイトに行かないこと。もし誤ってそれらのサイトに行ってしまったとしても絶対にそれらのサイト上のリンクをクリックしないことだ。こうすることで、これらのサイトは本来の意図を失い、淘汰される筈だ。Googleだけに、これらのサイトへの対策をさせても、これらのサイトはどんどんと賢くなる、そうイタチごっこだ。大切なことは、これらのサイトの活動資金である広告に我々が反応しないことだ。そうすると、Googleは真にユーザー志向になり、検索と広告の壁を崩すこともないであろう。

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この作品は本当に林芙美子が書き残した手記そのものと思わせる程、リアリティがあるフィクションである。林芙美子の夫 林緑敏の後添に入った芙美子の姪でもある林房江が知り合いの編集者と取り交わした往復書簡で始まる。彼女は夫が燃やせといった遺品の絵の中から林芙美子が書き残した手記を発見し、これを公表すべきかどうかを書簡にて編集者に相談しているのである。そのプロローグの後、芙美子の手記が始まる。『放浪記』を読んだことがある人だったら、誰しも感じる筈だが、まるで林芙美子の本物の手記を読んでいると思われるぐらい文体が林芙美子のそれに良く似ていた。一瞬、これはノンフィクションなのかと疑ってみたが、ネット上で、この作品の情報を調べた限り、やはり、この作品は桐野夏生の完全なフィクションであるようだ。

手記は主として七歳年下の妻子ある毎日新聞記者斉藤謙太郎(桐野による創作)とのW不倫関係の告白である。しかし、この作品の価値は、当時の林芙美子の文壇での立場、有名な作家達との人間関係の記述、そして彼女が昭和18年末に他の女流作家達とともに陸軍省の招聘でいわゆる南方従軍としてシンガポール、ボルネオ、ジャワ、スマトラ等の前線を訪問した記録にある。桐野夏生が史実とフィクションをどこまで混在させたのか検証できないが、特に後者については、戦中の戦意高揚のための軍部、新聞社、作家の役割分担がよく理解できたし、当時日本に占領されていた南方諸国の様子がよく分かった。残念だったのが、肝心要の林芙美子と斎藤謙太郎との恋愛関係の部分であった。肉体だけが結びつけるとても安っぽい不倫関係として描かれていた。とにかく桐野夏生が描いた女性としての林芙美子は、単なる淫乱女であり、斉藤謙太郎には二回目の対面で犯され、そのまま彼にのめりこんでしまったし、日本からシンガポールへの移動する長い船旅では、商船会社の男と連日船の中でSEXをする。

更に桐野夏生のことを許せないのはストーリーの締めくくりである。林芙美子は斉藤謙太郎の子を身篭り、夫に内緒で知り合いの婦人科医で出産し、貰い子だと偽って自宅に赤子を連れ帰り、躊躇する夫を言いくるめて、養子として育てたことになっている。いくらフィクションとはいえ、ここまで事実を歪めてしまっていいのか。林芙美子が当時常人をはるかに越えたスケールを持った女性だったといえ、ここまで話を仕立ててしまったことには甚だ呆れかえってしまった。

今回、桐野夏生の小説を初めて読んだ。素晴らしい筆力を持った作家であることは否定できない。しかし、昭和初期を代表する大女流作家の林芙美子をここまで冒涜してほしくなかった。せっかく名作の範疇に入るポテンシャルがあったのに残念である。

ナニカアル
ナニカアル

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青空文庫という著作権切れの古典を無料で読めるサイトがある。iPhoneアプリもあるので、これをダウンロードして、この齢まで読み忘れていた、明治、大正、昭和初期の文豪の作品を読むことに決めた。この文庫の有り難さは、名作を無料でスマートフォンにダウンロードして好きな時に読めることはもちろんだが、画面がヒューマン・フレンドリーで凄く読みやすいことだ。縦書きで1ページ当たり10行で行当たりの文字数も22字程度で目が疲れない。更に、バックグランドの隅々に適度に薄茶色の滲みが浮き出させており、まるで子供の時に図書館で読んだ古い文庫本そのものを読んでいるように錯覚させられる。

前置きが長くなったが、この青空文庫のお陰で、近頃、昭和初期の大ベストセラー林芙美子の『放浪記』を生まれて初めて読んだ。数ページ開けただけで彼女の世界にすっぽりとハマってしまった。子供の時から行商の両親の手伝いをして流転の人生、女学校を出て上京してからも職と男を転々として苦労が続いている林美沙子。日々の惨めな出来事を日記に描写しているのだけど、読んでいて苦しくなるというよりは、「よくぞ言ってくれました」と溜飲を下げたくなったり、「苦しいのは私だけでなく、あなたも大変だね」と同士を見つけた気分にさせられた。この小説が刊行された時は、昭和大恐慌から数年後のことで、不景気で日本国民の多くが食うや食わずの苦労をしていた時期、苦労話を語る彼女独自のビートがちょうど時代の空気にマッチして、多くの人々の支持を受けたのだと思う。

興味深いことに、『放浪記』の印税で大金を得た林芙美子は、28歳の時、朝鮮、ロシア経由でパリに一人旅をし、ロンドンまで足を伸ばした。日経ビジネスにかつて掲載された「特集・自分を生きた女たち~林芙美子」によると、少女時代に両親の行商に伴って見知らぬ土地をさんざん彷徨した林芙美子は見知らぬ街で生き残る術を心得ており、パリでは市場で人気者になったり、ロンドンではわざわざ職業斡旋所を覗きにいったようだ。

* 上記写真はいずれも新宿歴史博物館提供(左上が出発前、右上がパリの下宿屋、左下がパリの古書店での林芙美子)

木賃宿を定宿とする行商人の娘がベストセラーで一発当てただけでなく、20代後半の若さで、満州事変まもなく政情不安な朝鮮、ロシアを経由して、対東洋人だけでなく対女性差別もあった欧州に一人で出かける。大正末期に米ニュージャージー州の高校に留学した白洲正子さんのような超お嬢様とは違って、完全に独力によったのだ。その大胆さというか、上昇志向は凄いものだ。旅と文学が好きな私にとって、作家林芙美子はとても興味深い対象となった。そのタイミングではかったように、桐野夏生という作家が林芙美子の人生に鋭く切り込んだ『ナニカアル』という作品を書いていることを知り、鎌倉図書館で予約を入れて待つこと三週間、ついに本を入手して読んだ。
林芙美子 巴里の恋―巴里の小遣ひ帳、一九三二年の日記、夫への手紙 (中公文庫)
林芙美子 巴里の恋―巴里の小遣ひ帳、一九三二年の日記、夫への手紙 (中公文庫)
林芙美子―女のひとり旅 (とんぼの本)
林芙美子―女のひとり旅 (とんぼの本)

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気になる男

長友佑都のことがやたら気になる。今週早々に現クラブ世界チャンピオンのインテル・ミラノに移籍して、彼がサッカー選手として世界クラスの地位を得たからではない。実は昨年5月24日のワールドカップ壮行試合の日韓戦以来気になっているのだ。この試合は開始早々6分にパク・チスンが日本選手三人が密集してディフェンスしている場所を中央突破して見事なゴールを決め、物の違いを見せつけて始まったのだが、そのパク・チスンとの一対一に長友が競り勝ってボールを奪い、それにプライドが傷ついたと察せられるパク・チスンが猛烈な勢いで長友を追いかけていく局面があった。日本代表にこんなにフィジカルが強い選手がいたことに私は驚き、長友という選手の存在が脳裏に強烈に刻まれた。

私が注目を始めてから、長友は南アフリカのW杯、ドーハーのアジア杯と、同じサイドでマッチアップした相手選手には誰であろうと競り勝ち(少なくとも私にはそう見えた)、攻守両面で日本代表の大躍進に貢献した。彼の大活躍を可能にしたのは、無尽蔵のスタミナ、そして小柄にも拘らず世界でも通用するフィジカルの強さだ。日本で生まれ育った彼がそれらをどうやって身につけたんだろうと、とても不思議に思っていた。ところが幸いなことに日経朝刊(2月4日)でその答をもらった。日経新聞運動部の武智記者がスポーツ面に『太鼓の達人の立身出世』と題して寄せたコラムは、次のように始まった。

”サッカーの日本代表でこのほど、イタリアのインテル・ミラノへ移籍した長友佑都(24)は「太鼓の達人」で知られる。明大入学後は故障がちでレギュラーどころかベンチにも入れず、大勢の補欠部員とスタンドで応援に回り、ドラムをたたいていた。長友が刻むリズムは余りにも力強く歯切れが良かったために、瞬く間に東京・西が丘サッカー場の名物になったという。わびしいスタンドでドラムをドカドカ鳴らしていた少年が今は世界チャンピオンのクラブにいる。「猿」から「太閤」に上り詰めた豊臣秀吉も真っ青の、痛快な立身出世物語ではないか。”

ホホッォーと私は唸った。24歳で日本中のサッカー少年の夢を代べんしてインテル・ミラノの選手になった男が、今からわずか5-6年前の18,9歳の時、大学リーグの試合にも出れず、ガラガラの客席で太鼓を叩いていたとは。武智は長友の並外れた体幹の強さの理由を説明する前に、シンデレラストーリーのような上記のエピソードを引用して我々読者の気持ちを盛り上げてくれたのであるが、彼のコラムの核は、

”前日本代表監督の岡田武史氏は日本選手の球際の強さを上げたいと考えていた。それでワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の出場が決まると、選手に体幹トレーニングを課すようになった。熱心に取り組んだのが長友だった。体幹を強くすることと並行して「骨盤を立てる」ことにも選手にトライさせた。スポーツにおいて腰はすべての運動の中心。その腰をうまく動かせるかどうかは骨盤の使い方と密接につながっているからだった。通常、人間の骨盤は直立状態では前傾しているという。日本人の場合、特にその傾向は強い。それを起こすために体操の世界で「白樺(しらかば)のポーズ」(両かかとをつけたまま、つま先を外に開いて立つ)と呼ばれている姿勢をとらせると、最初からできたのが長友だった。不思議に思った岡田氏は長友から子供のころ、和太鼓を習っていたと聞かされた。旧知の和太鼓奏者に「和太鼓も骨盤を立てないとたたけない。そこが一番鍛えられるところ」と聞かされ得心がいったという。”

で、長友が容易に骨盤を立てられることが、彼が外国人選手と一対一で負けない体幹の強さを持つ大きな理由であることを明らかにしてくれた。

これで俄然、長友の生い立ちに興味を持った私はネットで更に調べてみたところ、

・母子家庭で育った

・小学6年の時、愛媛FCジュニアユースのセレクションに不合格した

・中一の時サッカーが上達せず、ゲームセンターばかりに行き、グレかけた

・サッカーの名門東福岡高校に入学し、二年でレギュラーになったものの、地区選抜にはいれなかったため、大学へのスポーツ推薦が得られなかった(通常の指定校制度で明大に進学)

・大学入学直後、椎間板ヘルニアで試合に出場出来ず、武智記者のコラムにあるようにスタンドで応援する日々が続いた。ストレスでパチンコなどの遊興におぼれた

と、それはサッカーエリートとは対極の歩みで、ギリギリの線でなんとか運命がつながってサッカーを続けられたと述べても過言でない。もし長友が「俺は所詮ここまで」と思って諦めていたら、その時点で彼のサッカー人生は絶たれ、インテルの長友どころか、日本代表のW杯ベスト16やアジア杯優勝も無かったかもしれない。更に今につながる一つの縁が長友にプロへの道を開いた。大学三年に上がる前の3月東京FCとの練習試合に長友は出場し、当時の東京FCのFWリチェーリと互角に渡り合った。そのパフォーマンスが当時の原博実東京FC監督(現日本代表の強化委員長)の目にとまってFC東京への勧誘を受けた。女手一つで三人の子供を育てていた母親を早く楽にさせたいと考えた長友は、大学のサッカー部を退部してプロ選手になることを選んだ。それが2008年のことだ。

それからわずか三年で長友は世界のインテル・ミラノの選手になった。こんな超スピードで階段を駆け上がってしまった長友佑都。運が良かったとか、骨盤が立てられたとか、そんなレベルでは説明がつかないぐらいの快挙だ。彼の肉体の秘密は分かった。しかし、私は彼の精神的強みについて知りたい。どういう思考習慣を身につければ、挫折をもろともせずに、ここまで高いレベルに到達できるのか? もし私がサッカージャーナリストとかスポーツジャーナリストだったら、真っ先に取り組みたい主題である。

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